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各界で活躍する一橋空手道部OBの方々から

寄せられたメッセージです。

石原慎太郎氏も空手を絶賛

外務省に勤め始めてから、早いもので、35年を越えた。米国、フランス、ミャンマー(ビルマ)など7カ国に勤務し、得難い経験をした。最近の任地ミャンマーでは、日本に似たところもあるがユニークでもある社会・文化を垣間見ることができたし、その前のジュネーヴ勤務ではウルグアイ・ラウンドの貿易交渉に参画し、多国間外交の複雑さ、時に予測の範囲を超え、また、非情ともいえるせめぎ合いがあることを知った。
こうした中で大きな支えになったのは、大学時代、特に空手道部での体験だった、と思う。
国立の道場で、あるいは猿ヶ京などの合宿で「あの体験」を共にした仲間は、今も、最も親密な友人で、貴重な財産だ。一橋で身体を鍛えたこと(勉強をした時もあるが)、空手を通じて日本的なもの、日本風の考え方に触れることができたのも今、「その機会があって良かった」と思っている。
仕事柄、長距離の出張や徹夜の交渉など身体を酷使することが多い。精神的にも疲労し、「もう、譲ってしまおうか」と思うこともある。そんな時 、国立の道場での日々を思い出し、「この程度でへこたれるものか」と自分に言い聞かせるのである。
昭41卒 朝海和夫《特命全権大使(国際貿易経済問題・地球環境問題担当)》
好き嫌い。あるいは向き不向き。同じスポーツでも種目により様々だと思います。ですから嫌いであったり、向いていなかったら無理にはじめても長続きはしないでしょう。しかし世の中には喰わず嫌いと言うこと、体験してはじめてその真の良さを知ると言うことが案外多いのではないでしょうか。私はそもそも空手が嫌いでなかったから結構楽しみながら稽古ができたと思っています。
稽古自体は厳しかったし、苦しいこともありましたが、またそれを乗り越える満足感も大きいわけです。空手は、日本古来の武道の一つであり、「礼に始まり礼に終わる」といわれます。単に鍛錬に耐えるという精神的修養にとどまらず、空手道の本質である礼儀という面での対人的修養にもなると思います。それに是非付け加えておきたいのは、空手も、柔道のように基本的には個人競技ではありますが、稽古を通じて部員間の仲間意識が非常に強まるという点です。私の場合も、いい仲間に恵まれました。今もって当時の同僚と時折会っては昔話に花を咲かせています。卒業後、経済界に、官界に本当に様々な分野に進んでおり、話題は豊富で楽しいものです。
では新入生の皆様!! 是非「空手部」をのぞいてみて下さい。喰わず嫌いではなく、何事もトライして下さい。古来より続いているのはそれなりの良さというものがあるからです。私は「空手」もその一つだと信じています。

昭41卒 金子善次郎《衆議院議員》
空手はサッカーに次ぐ世界第2の競技人口を持つ、世界的に人気の高い武道です。
特に海外で圧倒的な人気を博しています。空手のブラックベルト(黒帯)の持つ海外でのステイタスは大変なもので、ビジネスに役立った経験が何度もあります。
空手の稽古が苦しいものである事は事実ですが、その厳しさが結果として強靭な肉体を作り出し、逞しい精神力とものに動じない胆力を私に育んでくれました。苦しい稽古を克服できた喜びは何物にも代え難いものですし、大きな自信につながります。
空手は全身の筋肉を万遍なく鍛えるという意味で最も優れた鍛練法であり、しかも場所を取らずに1人でも、いつでも、どこでも、幾つになっても練習できる長所があります。言わば、一生続けられる武道なのです。空手は「礼に始まり礼に終わる」武道であり礼儀を最も大切にします。私の30数年に亘るビジネス生活を支えてくれたのは空手と言っても過言ではありません。空手をベースに各界で活躍するOBが数多くいる事も当然の事でしょう。いずれ一橋を巣立つ皆さんが是非空手をものにし、文武両道を兼ね備えた人材とし、世に大きく羽ばたく事を心から期待します。

昭42卒 束野耕一郎《JFEケミカル(株)取締役社長》
社会人になって人から大学生活のことをたずねられると私は4年間空手部に所属したことをまず一番にあげる。それほど大学時代の空手部は大事な存在だった。
だからといって私が練習の虫で空手部の優等生であったわけではない。む しろ運動神経の鈍い私にとり練習は苦痛に感じることの方が多かった。アルバイトもあったし、ゼミの勉強も異性との 付き合いもそれなりに忙しかった。要するに気が多かったのである。
然し4年間一貫して練習に励み黒帯もとり、多くの友人、先輩に恵まれたことは社会人になっても数々の心の支えになってくれたと思う。とくに空手の練習は自分との戦いそのものだったし何かをやり遂げる時の苦しさや乗り越えた時の自信を体で覚えたような気がする。この体験が社会にでてどれだけ役立ったことか。
これから 社会に出ていく後輩の諸君は我々以上に変化の激しい困難な時代を経験することになるだろう。青春時代のいまこそ自分の心と体を鍛えるために空手に挑戦する事を切にお勧めする。

昭42卒 浜石満《ダイヤモンドキャピタル取締役社長》
新入生の皆さん入学おめでとう。長い受験勉強から開放され、新しい目標に向かって輝かしい第一歩を踏み出されたわけですね。学問に部活に無限の可能性が広がっていると感じておられることでしょう。
皆さんもそうだと思いますが、私も入学当時は時間が無限にあると感じておりました。しかし、四年と言う期間はあっという間でした。私は、大学四年間を空手部ですごしましたが、入部のきっかけはサークル紹介での空手部の演武でした。黒帯の人が四方に配置した8枚の部厚い板をあっという間に割って見せたのです。ほっそりとした知的で優しそうなその人の何処からそのような迫力が出てくるのかとても不思議でした。自分もあの人のようになりたいと思ったのです。
空手は、他のスポーツと異なり大学からはじめる人が多く、スタート時でのハンディがありません。4年生のときの関東国公立大戦で組手の部と型の部ともに優勝できたのも懐かしい思い出になっています。
卒業後、社会人となり正解の無い難問にぶつかると、いつも「逃げない,下がらない」をモットーに取り組んでいます。これは空手部の練習から得た賜物です。皆さんも、この4年間で人生のバックボーンとなる何かを、空手を通じて得て欲しいものですね。
昭45卒 久賀光興《公認会計士》
中学高校時代に柔道をやっていた私が徒手空拳にあこがれ、一橋大学の空手部に一人で赴いたのは今から20年近く前であった。
当時の私には学問と武道を両立する人々は憧れと尊敬の的であり、空手着をかついでキャンパスを闊歩したいという欲求は制御しがたいものであった。その強くなりたいという当時の思いは肉体的なものから精神的なものに比重を移しつつ現在に至っている。
思えば空手を通じて得たものは無限の価値を持っており、数年前海外赴任中に空手を稽古し合ったイギリス人達が昨年来訪してきたときは感無量であった。諸君も空手部の門を自らの意志でたたき、将来同じ感慨を覚えてもらえることを切に願う。

昭61卒 高田《金融機関勤務》
日本生命に在籍中、MBAを取得するためにペンシルバニア大学ウォートンスクールに留学をしていた頃の話。治安の悪いことで有名なフィラデルフィア。学校の裏手にはいわゆるスラム的なエリアが広がっている。その一角に松涛館流の空手道場があると聞き、ある暑い夏の夕方、足を運んだ。
練習をリードしていたのは、アメリカ人の師範代。その動きに目を見張った。異郷にあって本物を見る思い。思わず目頭が熱くなり、我を忘れて共に汗を流した。貧しい子供達、青年達の目が、なんと澄んでいたことだろう。その澄んだ瞳に、「日本で空手を学んだ」私への好意が溢れていた。その時初めて、私はアメリカに両足で立った。
日本人は海外で受け入れられないと嘆く人がいる。日本人であるあなたが、国境を越えて、言葉を越えて、人種を越えて誇れるものは何か。キャッシュフローもシックスシグマもEVAも、日本の遺伝子ではない。しかし空手道は、あなたが日本人として世界に堂々と向き合うための、唯一ではないが確実な道の一つである。マッキンゼーのコンサルタントとして今、再びアメリカへ。空手を学んだ誇りとともに。
平3卒 古森剛《マッキンゼー&カンパニー勤務》
諸先輩方が築かれてきた我々「一空会」(当部OB会呼称)の歴史は、「空手」という共通の言葉だけを拠り所として集った者の足跡です。日本空手協会の大阪支部が中心となっている流派を問わない社会人対象の(週に1〜2回仕事の都合がつくものだけが集う)練習場に初参加した際、「一空会」であることを伝えると、師範をはじめとして私よりも年上の方々から一斉に「おっ伝統があるな」と言われました。OBであることを誇りに思うと同時に「みっともないことはできん!」と身が引き締まる思いで鈍った身体に鞭を打ったのを覚えています。
時に在阪の諸先輩方や後輩諸君と杯を共にし、各種業界で活躍される諸氏の話を(説教じみたものでなく)本音の言葉で交わせることもかけがえのない財産です。たとえ世代が(例えば20年や30年)違おうと同じ道場で汗を流し、学生時代を過ごした有志の思いはどこか通じているものがあると感じます。
平7卒 田中哲哉《三井海上火災保険勤
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